行田見聞録

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県指定記念物『小埼沼』をみてみた 後編

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県指定記念物『小埼沼』をみてみた 前編県指定記念物『小埼沼』をみてみた 動画編 からの続きです。

さてここが正面入口(?)。
小埼沼8
数年前に立ち寄った時は倒木が折り重なり鬱蒼としていたのですが、今日はきれいに整備されていて、以前より明るい感じがします。
……が、 なんだか気持がザワザワするんですよね、ここ。
小埼沼9
平成22年に建てられた案内板も、汚れがち。その汚れが不気味な形に見えたりして…。

小埼沼10
鬱蒼とした林の中には、東屋が古い東屋があります。屋根の上の造形が特徴的。天皇が被る冠のこれに似ていますが、関係ないんだろうな。
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どのくらい古い水鉢なんでしょうか。いい具合に木と同化中です。

宝暦3年(1753年)忍城主阿部正允(まさちか)によって建てられた「武蔵小埼沼」碑があり、その奧にはリュウノヒゲがまばらに生える空間が広がります。その頃はここはまだ沼だったのでしょう。
小埼沼12
小埼沼15
万葉集に収められた歌「埼玉の  小埼の沼に  鴨ぞ翼きる  己が尾に  零り置ける霜を  掃ふとにあらし」(さきたまの  おさきのぬまに  かもぞはねきる  おのがおに  ふりおけるしもを  はらうとにあらし)の小埼の沼はここだ!と阿部正允が断定して(?)この碑が建てられました。

わずかに残る水。傍らには水神社が祀られています。
小埼沼13 小埼沼14
万葉の歌が詠まれた千数百年前、このあたりまで今の東京湾の入り江が入り込んでいて、ここは埼玉の津といわれる船着き場でした。にわかには信じられませんがそうらしいです。現在の行田市の標高は20m前後。今の様子では想像できませんが、古墳は海の近くに建造されたのですね。その当時ここはどんな風景だったのでしょうか。

小埼沼にはいくつか言い伝えが残っています。(参照リンク123)話のバリエーションはいくつかあるものの、「小埼沼の物を何一つ持って帰ってはいけない」というのもそのひとつ。理性的な頭で考えれば、ここが信仰の場所だというのが大きな理由でしょう。
小埼沼15 小埼沼20
しかしこうやって落ちたまま放置されている銀杏を見ると、いい悪いは別にして 、言い伝えが信じられているのがわかります。(近所の人以外誰も来ない場所にあるのも、大きな理由かもしれませんが)

小埼沼16
周りの畑では大豆が栽培されていました。まだ収穫されていないところを見ると、晩生種の行田在来青大豆なのかもしれません。
小埼沼18

小埼沼はここにあります

小埼沼 行田市埼玉2636-3

 

 

 

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